YAMAHA T-5 (2号機) が到着
2023年8月21日、山梨県甲府市の K さんから
YAMAHA T-5
の修理依頼品が到着しました。
調べたところバリコンギア機構のプーリー軸が外れかかっており、この時の工作力では修理困難とわかり、結果的に本機を研究用に寄贈していただきました。
1年ほど放置状態でしたが、2024年8月26日、自分のものなら失敗しても諦めがつくと修理に挑戦してみました。
程度&動作チェック
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修理依頼者のコメント
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私が初めて使ったチューナで、今も現役で音質的な問題はないと思っています。
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ただ、目盛とチューニング位置がズレているのが昔から気になっています。
また、照明も球切れがあります。
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外観
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製造シリアル番号は [222533] で、電源コードの製造マーキングより [1979年製造品] と判明しました。
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天板にややスレがあり、AM ダイヤルスケールの 550~600kHz の間に少しクスミがあります。
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フロンパネルとリアパネルは綺麗で、全体的には綺麗な逸品です。
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電源 ON してチェック
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ダイヤル照明用のランプの右側の1個が切れています。
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スイッチの動作は正常で、各種インディケータランプも正常に反応します。
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FM は良好に受信でき [STEREO] ランプも点灯し音も良好です。
やや感度が落ちている感じはします。
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AM は何の問題もなく良好に受信できました。
感度も良いです。
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カバーを開けてチェック
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まず、今までに開けられた形跡がありません。
こういう意味では状態が良いです。
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バリコンギア機構のプーリー軸が外れて脱落寸前になっていました。
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左の写真は外れて脱落寸前のプーリー軸で、右の写真はプーリーを手で押し込んだ状態で、これが正常状態です。
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右の写真の状態にしても、しばらく使っていると、また外れてきて左の写真のようになります。
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プーリー軸が脱落すると、バリコンギア機構のギアも外れ、こうなると修復不能になります。

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プーリー軸外れを防止するためには、プーリーを右から押さえ込む板を取り付ければ解決します。
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ところが、写真からわかるようにバリコンは斜めに取り付けられているので、押込板の製作は難しいのです。
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すぐには解決が難しく、押込板を設計して特注が必要で高額になるため、修理依頼者には [修理不能] と伝えました。
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結果、修理依頼者の判断は [研究用に寄贈します] となりました。
リペア (その1):バリコンギア機構のプーリー軸が外れかかっている
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到着時はプーリー軸外れは修理不可と判断しました
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なぜなら、プーリー軸が何を使ってピニオンギアと固定されているのか不明なのです。
接着剤???
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本機は寄贈された個体なので修理不可になっても迷惑がかかりません。
そこで修理を試みてみました。
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まずは現状を観察
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左の写真のように、ピニオンギアから駆動される歯車は2枚を重ね合わせています。
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1枚はバリコン軸とハンダ付けされていて、これを固定歯車と呼ぶことにします。
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もう1枚は固定歯車の奥にあり若干左右に動くようになっていて、これを可動歯車と呼ぶことにします。
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可動歯車は1歯くらい固定歯車より左回り側に設置され、これをスプリングで押し付けています。
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固定歯車・可動歯車・スプリングでピニオンギアの歯を挟み込んで、バックラッシュを打ち消しています。
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ダイヤル指針を一番左側に移動して現状の指針ベース位置を確認しました。
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左の写真のように AM スケールにある | 印がベース位置とわかりました。

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修理
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黒いスプリングを外し、可動歯車をフリーにします。
フリーと言ってもピニオンギアと噛み合っているので、ほんの少し動く程度です。
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ホットボンドを使って、ピニオンギアが外れないよう下側を固定します。
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プーリー軸をそっと抜きます。
[2} でピニオンギアがホットボンドで固定されているので脱落しないはずです。
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プーリー軸がピニオンギアと接合される部分を無水アルコールで脱脂してから、ここにゼリータイプ瞬間接着剤を塗布します。
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瞬間接着剤が固まらないうちに素早くピニオンギアに差し込み、0.1mm 程度のクリアランスを取ります。
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瞬間接着剤ですからピニオンギアとは数分で接着します。
一発勝負で、やり直しはできません!!!
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[2] で塗布したホットボンドを除去してから、[1] で外したスプリングを戻します。
これで完了です。
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修理後に取り付け確認
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[2] で事前確認したと同じ状態に戻っているか確認します → 大丈夫でした。
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もう指針を動かしてもプーリー軸が外れてくることはありません。
しっかり固定されています。
今回の修理は成功です。
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修理してみた感想
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今回は瞬間接着剤で固定して直りましたが、本来はどのようにして固定していたのだろう?
まだ疑問は残ります。
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この修理方法は一発勝負で、今回はうまくいきましたが、いつもうまくいくかは自信がありません。
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自分のチューナなら修理不能になっても諦めがつくのですが、この方法では人様のチューナはとても修理できません。
リペア (その2):電源部の電解コンデンサを全数交換
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概要
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製造から半世紀を経ているので、熱で劣化が心配される電源部の電解コンデンサを全数交換します。
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また、照明の LED 化をした時の電源を電源部より取るので電源強化をしておきたいのです。
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部品交換リスト
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以下の電解コンデンサを交換します。
[C162] は静電容量を2倍以上に強化し、ここから LED の電源を取ります。
部品番号 |
交換前 |
交換後 |
備考 |
C160 |
10uF/16V (85℃) |
10uF/50V (105℃) |
高耐熱化 |
C161 |
470uF/16V (85℃) |
470uF/16V (105℃) |
C162 |
1000uF/25V (85℃) |
2200uF/35V (105℃) |
高耐熱化 ここから LED 電源を取るので強化 |
C164 |
1uF/50V (85℃) |
1uF/50V (105℃) |
高耐熱化 |
C167 |
10uF/16V (85℃) |
10uF/50V (105℃) |
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交換実施
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左の写真で黄枠で囲んだ電解コンデンサが交換後です。
全部で5個です。
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右の写真は、これまで基板に実装されていた古い電解コンデンサです。

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交換後の動作確認
リペア (その3):照明の LED 化
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概要
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T-5 でフィラメントランプは [ダイヤル] [POWER スイッチ] 照明に使われています。
これ以外は既に LED になっています。
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フィラメントランプは電源効率が非常に悪く、この照明での消費電力は 4W です。
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LED 照明回路
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LED はフィラメントランプと違って DC 駆動する必要があり、[C162] の両端から電源を取ります。
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[C162] を強化したのは、このためだったのです。
回路に書き込んだ [電圧] [電流] は実測値です。

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使用 LED
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ダイヤル照明には、左の写真のウォームホワイト色テープ LED を使います。
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テープ LED は単位ごとに切って使えます。
単位ごとに LED×3個 です。
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[1単位のテープ LED]×4個 を使います。
LED 数は12個となります。
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[POWER] スイッチ照明には、右の写真の 3mm 砲弾型 LED を使います。
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ウォームホワイト色・14400mcd・照射角30度です。

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テープ LED の取り付け状態
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左の写真は周波数ダイヤル照明用のテープ LED 取り付け状態です。
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[1単位のテープ LED]×4個を経年変化しない260℃耐熱のポリミイドテープで貼り付けています。
セロテープではありません。
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右の写真のように、電流制限抵抗の 10kΩ を基板裏側に取り付けています。

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LED 化完成
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ウォームホワイト色 LED を使ったので、元の雰囲気が残ったまま暖か味のある照明になりました。
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ダイヤル照明に若干明るさムラがありますが、そう問題はないと思います。
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これは T-5 の照明構造によるもので、フィラメントランプの時からです。

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照明 LED 化により消費電力は激減
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LED 照明の消費電力は 16V×(0.89mA+1.4mA) = 0.037W となりました。
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4W → 0.037W と激減したので地球に優しいです。
安くなった電気代で改造費はいつか回収できますよ。
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また、消費電力の減少で筐体内の発熱が抑えられ、機器の信頼性が上がります。
リペア (その4):マイグレーション予防対策
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概要
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IC のリード足が真っ黒になるのは
マイグレーション
です。
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マイグレーションは金属カビのようなもので10年以上かけて少しずつ成長し、最終的に IC のピン間を短絡して機器が故障します。
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マイグレーションは空気中の水分 (湿度) と加圧電圧により、金属 (足) がイオン化することにより発生します
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逆に言えば、金属部が空気に触れなければマイグレーションは発生しないのです。
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対策
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本機では [IC201] LA3380 のリード足にマイグレーション発生して真っ黒です。
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まだ軽症で障害には至っていませんが、この IC にマイグレーション予防対策します。
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まずは硬めのブラシを使って黒いマイグレーションをできるだけ除去します。
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この時、重要なのは IC のリード足の間のマイグレーション除去です。
どちらも黒なのでわかり辛いですが。
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最後に、IC リード足にワニス塗布して空気に触れないようにします。
左の写真は対策実施前、右の写真は対策実施後です。

リペア (その5):バリコン軸の接触回復
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概要
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本機は半世紀物ビンテージで、バリコン軸にサビが出ても不思議ではありません。
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サビは絶縁物なので、同調が不安定になったり、感度が落ちたりします。
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観察してみると、やはり右の写真のように緑青サビが出ていました。
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軸と接するアースプレートに緑っぽいものが見えますが、これが緑青サビです。
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本機のバリコンはアクセスしやすい場所にあるので、バリコン軸の接触回復をしておいたほうが良いです。
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回復作業
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エレクトロニッククリーナ
を軸受けに噴射し何度もバリコン羽を動かすと緑青サビが湧き出てきます。
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湧き出た緑青サビを 爪楊枝/歯間ブラシ/歯間糸楊枝 を使って丹念に落とします。
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[1] と [2] を何度も何度も繰り返します。
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接点復活スプレー
を軸受けに少量吹きかけ馴染ませます。
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仕上げに、軸受けにリチウムグリスを塗布して防錆処置します。
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作業結果
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やってみると、やはり緑青サビが大量に出ました。
緑青サビの除去に結構手間がかかりましたが回復しました。
リペア (その6):ハンダクラック対策
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ハンダクラックしやすい箇所
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写真はリアパネルにある [RCA 端子] [アンテナ端子] の裏側です。
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ヒョローとした細長いリード足が直接基板にハンダ付けされています。
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このハンダ付け部分にはリアパネルと基板の2方向から常にストレスがかかっており、ハンダクラックしやすいです。

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ハンダクラック予防対策
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[RCA 端子] [アンテナ端子] のリード足のハンダ付け部分を補修ハンダ付けしました。
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これでまたしばらくは大丈夫です。
再調整
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電源電圧チェッック (VP)
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実測値は以下のように良好でした。
VP |
標準値 |
実測値 |
判定 |
+B |
+11V |
+12.4V |
〇 |
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FM/AM 受信部の調整
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調整結果
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FM 受信
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SQ メータ関連の調整がかなりズレていましたが、規定内に再調整しました。
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到着時よりスレテオセパレーションが大きく改善し、音の解像度が上がりました。
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WIDE/NARROW 切り換えのない機種でこの性能は驚きです。
十分な高音質で受信できます。
項目 |
stereo/mono |
L |
R |
単位 |
ステレオセパレーション (1kHz) |
stereo |
62 |
58 |
dB |
高調波歪率 (1kHz) |
mono |
0.059 |
% |
stereo |
0.059 |
% |
パイロット信号キャリアリーク |
stereo |
-40 |
-35 |
dB |
オーディオ出力レベル偏差 (1kHz) |
mono |
0 |
+0.08 |
dB |
REC CAL |
mono |
328.1 |
Hz |
-6.8 |
dB |
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AM 受信
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到着時より良好だったのですが、再調整で少し感度が上がりました。
使ってみました
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デザイン
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いわゆる YAMAHA デザインが良いです。
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T-5 は特に好みで、高級機でないのはわかっているのですが、なぜか好きです。
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シンプルなデザインですが、これがかえって高級感を醸し出します。
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指針に T メータ機能が組み込まれているのが秀逸です。
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今回は照明を LED 化したのでランプ切れの心配がなくなり、安心して使えます。
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チューニングノブの回転感触は安っぽいです。
フライホイールが軽すぎるのです。
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FM アンテナ入力は PAL 端子なので、雑音電波が混入しないです。
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F 端子で使いたい場合は PAL(オス)/F(メス) 変換コネクタを使います。
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SQ メータは、電波の強さではなく受信品質 (検波出力の S/N) を表示します。
一般のチューナの S メータと異なります。
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感度や音質
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FM はエントリ機にも関わらず、感度が良く、かなり良好な音質です。
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FM フロントエンドが3連バリコンなので、妨害電波排除性能が上位機に劣るのですが、電波の質が良い状態なら十分です。
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AM は十分な感度で、それなりに音も良いです。
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総合的にみて T-5 はよくできています。
エントリ機としては非常に優れています。